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裏妙義5/4-3- 

坂本宿に到着しました。
5月4日坂本宿1
この道の両側に、昔を思わせる建物が点在しています。
5月4日坂本宿2
下木戸跡について書かれた案内板。
江戸・京都を結ぶ中山道百三十二里(約540k)の間に、六十九次の宿場があり
その中の1つが、坂本宿
宿内の長さは三百九十二間(約713m)あり、京都寄りと江戸寄りに、それぞれ
上木戸と下木戸があったそうです。
5月4日坂本宿3
本陣・脇本陣に旅籠・商家およそ百六十間が、それぞれ屋号看板を掲げていたそうで
今でも一部に、復元した屋号看板を見ることができます。
こちらは「おぎのや」さん。
5月4日坂本宿4
ゆっくり時間があるなら、こんな脇道も散策してみたい。
5月4日坂本宿5
坂本宿には、宮様・公家・幕府役人・大名・高僧が宿泊する本陣が二つあり
こちらは「金井本陣」または「下の本陣」と呼ばれていた場所の跡。
5月4日坂本宿6
中村碓嶺(なかむらたいれい)生誕の地の、案内板。
街道文芸として俳諧・短歌が発達した坂本宿では、地元に多くの俳人が傑出したそうで
なかでも、1780年(安政九年)旅籠屋の「中村屋」に生まれた中村碓嶺
「村上鬼城を横綱とすれば、高崎で西馬、坂本で碓嶺が両大関」との評判をとるほど
有名だったそうです。
5月4日坂本宿7
こちらが、中村屋さんの御子孫のお宅かな?
5月4日坂本宿8
坂本宿に2つある本陣の、もう1つ。
こちらは、佐藤本陣または上の本陣と呼ばれていたそうです。
明治八年四月十日には、坂本小学校の仮校舎にあてられました。
5月4日坂本宿9
脇本陣・永井。
5月4日坂本宿10
坂本宿・屋号一覧もありました。
5月4日坂本宿11
坂本宿時代の面影を残す代表的な籠建物「かぎや
5月4日坂本宿12
屋根看板のほか、建物の細部も素朴ながら美しい造りです。
5月4日坂本宿13
小林一茶の定宿だったという「たかさごや」
いまではもう、面影はないですね。
5月4日坂本宿14
ここから、西 京へ百二里。
東 江戸へ三十四里。
5月4日坂本宿15
坂本宿の最後にあったのは「俵屋
大層な復元がなされていない分、リアルに感じますね。
5月4日坂本宿16
駆け足の散策でしたが、楽しかったです。
のんびり、横川駅へと戻ることにしましょう。
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テーマ: 国内旅行記

ジャンル: 旅行

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コメント

長野の地獄谷へ来る国外からの旅行者たちが。。。

こんばんは。
中山道を歩くのだと云って、とても嬉しそうにしていたのを思い出しました。
それも一組、二組でなく、かなりの数の旅行者から聞きました。
昔の宿場町を昔の旅行者のように歩く旅、
静かに流行っているようです。
全行程ではなく、半日とか1日のようですが、国内の人たちの旅行よりもっと本来の旅行の姿に近いかも知れませんね。

yokoblueplanet #- | URL | 2015/12/15 20:04 * edit *

yokoblueplanet様。

yokoblueplanetさん、こんばんは。
今回お世話になった東京屋さんにも、yokoblueplanetさんが出会ったような人たちが
たくさん宿泊していくそうですよ。
北欧から来たお客さんは、中山道記を1冊の本にしたそうです。
Oつがいも、その本を見せていただきましたが、日本人とは違う目線で、とても素敵でした。
O夫

Oつまの元同僚さん(日本女性)も、全行程踏破を目指していると聞きました。
いっぺんには無理なので、区間割をし何度かに分けて歩くそうです。
しかし百名山も目指す健脚の彼女が、弱音を吐いていたので
かなりきついみたいですよ!
Oつま

Oつがい #- | URL | 2015/12/15 21:50 * edit *

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