10 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 12

長崎5/13-2- 

珍しい斜行エレベーター、グラバースカイロードにやってきました。
いかにも観光客用の施設に見えますが
「違います。地元の人間のために作られたんです」と
同乗したおばあさんに、きっぱり言われてしまいました。
5月13日グラバースカイロード
グラバースカイロードを降りると間もなく、グラバー園の第2ゲートに到着します。
早速、入園してみましょう。

旧ウォーカー住宅に、来ました。
イギリス出身の船長、ロバート・N・ウォーカーの次男
ロバート・ウォーカー・ジュニアが旧主で、明治中期に建てられたと考えられるこの建物を
1915年(大正4年)に購入し、1958年(昭和32年)に亡くなるまで、住んでいたそうです。
その後、彼の妻、シゲコ・メーベルが母屋の一部を市に寄贈し
1974年(昭和49年)に、グラバー園に移築されました。
5月13日旧ウォーカー住宅
それでは「おじゃましま~す」
実は、同行してくれた地元出身の同僚さん、ウォーカー家の末裔と同級生。
この日は残念ながら、お目にかかれませんでしたが
次回は、ぜひお会いしたいものです。
5月13日旧ウォーカー住宅内1
ウォーカー・重子氏より提供された、調度品。
5月13日旧ウォーカー住宅内2
グラバー園からは、長崎の港がきれいに見渡せます。
停泊中の大きな船、よ~く見たら、なんと「サファイアプリンセス」号でした。
艤装工事中に火災を起こしたことで、有名な船ですが
建造所は、三菱重工業長崎造船所なので、ちょっとした里帰りって感じでしょうか。
それにしても、大きい。
5月13日サファイアプリンセス号
旧ウォーカー住宅のとなりにある、「祈りの泉
キリシタン迫害による、隠れキリシタンの苦悩と救いを、象徴しているそうです。
5月13日祈りの泉
フリーメーソンロッジの石柱
1865年(慶応元年)頃、47番の借地人がイギリス人であったことから
当時イギリスから渡来したフリーメーソンの人々が、最初に定着したこの地に
彼らのロッジのシンボルとして、マークをかかげたと、考えられています。
5月13日フリーメーソン・ロッジの石柱
旧リンガー住宅に来ました。
長崎ちゃんぽんの「リンガーハット」と、何か関係があるのかと思っていたら
やっぱり、ここに住んでいたイギリス人実業家、フレデリック・リンガーに
あやかったようです。
5月13日旧リンガー住宅
リンガー邸では、喜波貞子展をやっていたので、ちょっと覗いてみましょう。
クォーターでありながら、日本生まれの日本育ち。
なのに、日本人には知られていない、幻のオペラ歌手だそうです。
5月13日喜波貞子展
「蝶々夫人」でデビュー以来、舞台ではこれらの着物を着て、歌っていました。
5月13日マダム・バタフライの衣装
外国では、本の表紙を飾ったり、絵はがきやプロマイドが作られるほど
人気でした。
5月13日喜波貞子グラフィティ
イタリアの大女優エレオノーラ・ドゥーゼの名をとって
「日本のドゥーゼ」と呼ばれ、ヨーロッパでは同時期に活躍した
少し年上のオペラ歌手「三浦環」よりも評価が高く、1931年(昭和6年)
パリで700回、1938年(昭和13年)ヘルシンキで、1000回記念公演をして、話題になったそう。
5月13日日本のドゥーゼ
日本人が知らない、有名な日本人。
勉強になりました。
スポンサーサイト

テーマ: 国内旅行記

ジャンル: 旅行

タグ: 旧ウォーカー住宅  サファイアプリンセス  祈りの泉  フリーメーソンロッジの石柱  旧リンガー住宅  喜波貞子  グラバースカイロード 

[edit]

trackback: -- | comment: 0

« 長崎5/13-3-  |  長崎5/13-1- »

コメント

コメントの投稿

Secret