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2016年熊本3/21-6- 

<この記事は、2016年3月21日のものです。>

天守閣の次に、2008年に完全復元された、本丸御殿へ。
見取り図を見ても、とにかく広いです。
2016日3月21日本丸御殿1
最初の部屋は、料理の配膳などに使われたと思われる
御膳立之間(おぜんだてのま)。
本丸御殿の復元模型が展示されています。
2016日3月21日本丸御殿2
そのとなりが、大御台所(囲炉裏の間)
部屋の広さは五間×五間(約100㎡)。
2016日3月21日本丸御殿3
天井は見事な吹き抜けで、大きな梁(赤松丸太)や屋根裏の木組み・仕上げは
当時の伝統工法によるもの。
上部には、煙出しの窓が設けられているそうです。
2016日3月21日本丸御殿4
再現された、囲炉裏。
向かって右側には、のちに発見された、当時の囲炉裏を囲む石板材が
そのまま使用されています。
2016日3月21日本丸御殿5
4連の竃。
一度に、72kgものご飯が炊けるそうです。
2016日3月21日本丸御殿6
万永元年(1860年)の記録をもとに再現された、二汁七菜の
本膳料理。
ちなみに予約をすれば、本丸御殿の2階「御殿台所」で
藩主が食したとされる料理を、いただけるそうです。
2016日3月21日本丸御殿7
大きな屏風に
2016日3月21日本丸御殿8
広々とした、お庭。
気持ちの良い空間が再現されています。
2016日3月21日本丸御殿9
梅之間(35畳)と櫻之間(28畳)を使って、お茶会が催されていました。
Oつがいも「参加しませんか?」と、声をかけていただきましたが
まだまだ見学したいところがあったので、丁重に辞退。
2016日3月21日本丸御殿10
お庭と、梅之間櫻之間の間に、長く連なる廊下。
この奥に、特別なお部屋があります。
2016日3月21日本丸御殿11
それがここ、一段高い造りになっている、昭君之間(18畳)
中国の故事である、王昭君の物語が描かれているのですが
まことしやかな伝説が残っています。
昭君之間は「将軍の間」の隠語であり、豊臣家存亡の危機の際に
秀頼を大阪城から迎え入れるため、作られた部屋だというのです。
2016日3月21日本丸御殿12
天井は、約38種類の草花が描かれた、格天井。
紋の装飾に見える部分は、釘を隠すための工夫だそう。
2016日3月21日本丸御殿13
記録をもとに復元された、昭君の間の杉戸絵。
向かって左が表。右が裏。
2016日3月21日本丸御殿14
こちらは、藩主御用絵師「杉谷行直」筆の杉戸絵(表)。
実際に、当時の熊本城のどこかで使用されていたものだそうです。
2016日3月21日本丸御殿15
桃山文化を彷彿とさせる、見事なお部屋でした。
さらに城内散策を続けます。
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