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2020年松山・道後1/12-7- 

摩訶不思議な石出寺から、道後の町に戻る途中、伊佐爾波神社に寄りました。
2020年1月12日1伊佐爾波神社
「延喜式」式内社である伊佐爾波神社は、この長い階段の先にあります。
創建当初の鎮座地は「伊佐爾波岡(いさにわのおか)」と呼ばれていた場所であり
現在の湯築城跡と言われています。
2020年1月12日2伊佐爾波神社
階段を登りきると、正面に朱色の本殿が現れます。
松山藩松平第3代藩主の定長が、時の4代将軍、徳川家綱に命じられた流鏑馬に
成功したのを機に、寛文7年(1667)に建立したもので、日本に3つしかない
(大分県の宇佐八幡宮、京都の石清水八幡宮と並ぶ)八幡造りだそうで、国の重要文化財です。
主祭神は

・譽田別尊(ほんだわけのみこと):応神天皇
・足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと):仲哀天皇
・氣長足姫尊(おきながたらしひめのみこと):神功皇后
・三柱姫大神:宗像三女神(イチキシマヒメ・ダギツヒメ・タギリヒメ)に同じ

配神

・東照大神(東照大権現):徳川家康


2020年1月12日3伊佐爾波神社
振り返ると、遠くに松山城を望めます。
2020年1月12日4伊佐爾波神社
「伊佐爾波」とは、清浄な儀式の庭の意、あるいは、
いざなひ(誘われて)からくる名とも言われ、万葉歌人である山部赤人も
「伊予の高嶺の伊佐庭の 岡に立たして歌思ひ」
と、古来から行幸の地として知られる、この場所を歌っています。
『伊予国風土記(逸文)』には、聖徳太子をはじめとして
計5回の行幸があったと記されているそうです。

この後も、神社やお寺を参拝しながら、道後へと戻ります。
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テーマ: 国内旅行

ジャンル: 旅行

タグ: 伊佐爾波神社  石出寺  道後  松山城 

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