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タグ:「開山堂」

2021年月夜野10/31-6-

2022.08.31(Wed) | EDIT

矢瀬遺跡から、こんな山奥にまでやってきました。
あちこちに見事な紅葉が広がっています。
2021年10月31日1迦葉山龍華院弥勒寺
ここは、迦葉山龍華院弥勒寺
天台宗の寺院として開山したのち、曹洞宗に改宗され
江戸時代には徳川家から10万石の格式を許された、由緒あるお寺です。
案内図を見ると、かなり広そう。
2021年10月31日2迦葉山龍華院弥勒寺
階段を登ると、左手に坐禅堂が現れます。
2021年10月31日3迦葉山龍華院弥勒寺
坐禅堂の前で睨みをきかせている、巨大な「身代わり大天狗」面。
中興開山の僧侶を助けた、中峰という神童が、いつしか霊験あらたかな
迦葉天狗として崇められるようになったそうです。
2021年10月31日4迦葉山龍華院弥勒寺
天狗の下駄も置かれています。
熊出没注意との看板がありますが
「そりゃ出るだろうね」というほどの山奥です。
2021年10月31日5迦葉山龍華院弥勒寺
坐禅堂から拝殿へ行く途中にある鐘楼。
2021年10月31日6迦葉山龍華院弥勒寺
拝殿。
2021年10月31日7迦葉山龍華院弥勒寺
参拝をし、さらに奥へ進みます。
中雀門は、変わった作りになっていて
2021年10月31日8迦葉山龍華院弥勒寺
一度、門の中で降ります。
ここにも、熊出没注意の案内が。
2021年10月31日9迦葉山龍華院弥勒寺
門の外で再び地上に出ると、目の前に朱色の橋が現れます。
2021年10月31日10迦葉山龍華院弥勒寺
橋を渡り階段を登ると

2021年10月31日11迦葉山龍華院弥勒寺目の前には迦葉堂があります。
2021年10月31日12迦葉山龍華院弥勒寺
迦葉堂が一番高い場所にあり、そこから下る途中にあるのが、開山堂
2021年10月31日13迦葉山龍華院弥勒寺
朱色の橋に戻ってきました。
2021年10月31日14迦葉山龍華院弥勒寺
なんとなく立ち寄った迦葉山龍華院弥勒寺でしたが、参拝客も多く
歴史を感じる良いお寺でした。改めてゆっくり再訪したいものです。


迦葉山龍華院弥勒寺を出発し、この旅最後の秘湯へ。
それがここ、奈女沢温泉釈迦の霊泉
とにかく、辿り着くまでの道が、まず凄い。
舗装されていない細い1本道で、対向車が来たら、すれ違いはまず無理かと思われます。
2021年10月31日16釈迦の霊泉
温泉施設にも「熊出没注意、施設内でも本当に出ます。」
ゆっくり写真を撮っている余裕はなく、急いで建物の中へ。
2021年10月31日15釈迦の霊泉
受付では、係の女性が「ペットボトルは持っていますか?」
入浴者は、4Lまで源泉を汲んでよいそうです。
「体にいいから、用意してあるコップでたくさん飲んでいってくださいね」
ラジウム鉱泉である奈女沢温泉は、種々の病に効能があるとされています。
また入浴すると、芯から体が温まり、肌もすべすべになります。
行くのは大変ですが、とてもいい温泉でした。
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2021年山梨・甲府近郊7/22-6- 

2021.11.23(Tue) | EDIT

大善寺から、武田家の菩提寺である、恵林寺にきました。
1330年の創建以来、東国における臨済禅の中心であり
その死を3年秘した後の1376年、信玄の葬儀がここで盛大に営まれました。

総門(黒門)から入り
2021年7月22日1恵林寺
趣のある参道を少し歩くと
2021年7月22日2恵林寺
目の前に、4つの脚のある朱色の門が現れます。
重要文化財の四脚門(赤門)です。
徳川家康の再建と伝えられていて、恵林寺の山号である「乾徳山」の額を門の上に掲げています。
2021年7月22日3恵林寺
四脚門から、綺麗に手入れをされた庭園のような参道を進むと
2021年7月22日4恵林寺
山梨県指定文化財の、三門に出ます。
武田氏滅亡後、反織田派の一族をかくまったとの理由で、恵林寺は焼き討ちに遭います。
100名以上の僧が三門に集められ、火を放たれた時、快川紹喜(かいせんしょうき)和尚が残した遺偈が
「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」
偈は、門の左右に白地で掲げられています。
恥ずかしながら、ここが発祥だとは知りませんでした。
2021年7月22日5恵林寺
三門の先にあるのが、甲州市指定文化財の開山堂
夢窓疎石(むそうそせき。恵林寺開祖)、快川紹喜、
末宗瑞曷(まっしゅうずいかつ。焼き討ちの際に脱出、のちに徳川家康の命で再建に尽力)の
三像が堂内に安置されています。
2021年7月22日6恵林寺
こちらは昭和四十八年(1973)建立、仏舎利宝塔(納骨堂)。
2021年7月22日7恵林寺
開山堂から左手に進むと
2021年7月22日8恵林寺
明王殿があります。
内部に安置されている武田不動尊坐像は、信玄が自らの姿を模して作らせたと言われていましたが
今年になって、内部の墨書から、像が信玄他界の前年に制作されたことがわかったそうです。
2021年7月22日9恵林寺
開山堂の右側へ進むと、信玄公宝物館に出ます。
信玄ゆかりの宝物が多く展示されており、見学したかったのですが
時間の都合で、残念ながら先へ進みます。
2021年7月22日10恵林寺
この門をくぐると
2021年7月22日11恵林寺
一角には、昭和25年甲府市で行われた、第一回全国植樹祭にて
昭和天皇がお手植の、桧があったり
2021年7月22日12恵林寺
庫裡の巨大な鬼瓦が、展示されています。
2021年7月22日13恵林寺
その巨大な鬼瓦を持つ庫裡が、こちら。
これだけ大きな庫裡は、禅寺では珍しいそうです。
焼き討ちの後、徳川家康によって再建されましたが
明治38年の火災で、そのほとんどを焼失。
現在の本堂や庫裏も、明治末期に再建されたものだそうです。
2021年7月22日14恵林寺
それではいよいよ本堂内へ。
2021年7月22日15恵林寺
順路に沿って進みます。
2021年7月22日16恵林寺
奥に見えているのが、先ほどの明王殿
2021年7月22日17恵林寺
明王殿へと続く、鶯張りの廊下。
撮影できるのは、ここまで。
明王殿の奥に、武田信玄公墓所があります。
聖域として祀られているため、普段は公開されていませんが
毎月12日のみ特別公開されるようです。
また明王殿の脇には、柳沢吉保公墓所があります。
徳川綱吉時代の筆頭老中として名高い、柳沢吉保ですが
その功績により、わずか20年ながら、祖先の地である甲斐を治めたため
恵林寺が現在の墓所となっているそうです。
2021年7月22日18恵林寺
本堂の裏手には、国指定名勝の恵林寺庭園があります。
創建当時に、夢窓疎石が作庭したと伝えられており、案内によると
「大自然そのままの姿を庭園に再現し、そこに森羅万象の姿を見ようとすることを禅観一味という。
すなわち「無為自然」という境地を、国師は築庭によって表現したといわれる。
静けさの中にも確実に動きを感じさせるその姿は、現代においてもなお、禅の風をおこし、
そこに立ちみる者を深くいざなう」
2021年7月22日19恵林寺
本堂に飾られている、仏涅槃図。
江戸時代中期の駿河台・狩野派二代目洞春福信が描いたもので
時期は不詳ながら、柳沢家からの奉納とされています。
2021年7月22日20恵林寺
出入口に展示されている、庫裏の釜と風林火山の文字。
2021年7月22日21恵林寺
駆け足の見学になってしまいました。
次回はもっとゆっくりしたスケジュールで、恵林寺を再訪しようと思います。

2021年大雄山・最乗寺2/23-3-

2021.08.13(Fri) | EDIT

御開山坐禅石から少し進むと、瑠璃門が見えてきます。
2021年2月23日1瑠璃門
瑠璃門
大雄山の東門で、杉でできた柱は4本。扉は2枚。
2021年2月23日2瑠璃門
瑠璃門から境内に入ると、正面に大きな建物が。
本堂かと思ったのですが、お参りするところがありません。
案内を見たたら、ここは書院でした。
立派な建物ですね。
2021年2月23日3書院
書院から左を向いた時に正面にあるのが、僧堂。
今度こそ本堂かと思ったのですが、また違いました。
2021年2月23日4僧堂
僧堂の前まで行き、右を向いた時に正面に現れるのが、本堂です。
瑠璃門から入ると、斜め左側にあたり、ちょうど他の建物や木があるため
わからなかったのでした。
2021年2月23日5本堂
さて、本堂でお参りを済ませましたが、大雄山・最乗寺は、ここから奥が広いんです。
本堂横の道にあるのが、金剛水堂。以下、由緒によると
大雄山開山のとき、道了尊者は自ら井戸を掘り土中深く1顆の鐡爾を得た。
これが大雄山の重宝「御金印」で、この跡から清冽な泉水が湧出し
以来600年、衆人の活渇を救う「金剛水」と称して、珍重されているそうです。
お堂は、昭和28年の再建奉納。
2021年2月23日6金剛水堂
本堂の隣にあるのが「金剛壽院」(開山堂)。
開祖・了庵彗明禅師および、通幻寂霊、大網明宗、無極彗徹、春屋宗能の
各祖師の尊像、さらに歴代住持の霊牌を祀っているそうです。
2021年2月23日7金剛壽院
石灯籠のある道を歩き
2021年2月23日8石灯籠の道
金剛壽院の隣の「鐘鼓楼」(道了鐘)へ。
梵鐘は應永9年、道了尊者行脚の途次、遠州平尾八幡宮の寄進をうけ
柱杖にかけて、大雄山に運んだというもの。
2021年2月23日9鐘鼓楼
鐘鼓楼から、少し上がった場所にあるのが、多宝塔。
神奈川県下では、唯一の多宝塔遺構で
内部には、多宝如来を祀った厨子が安置されています。
心柱に残る墨書から、建立は江戸時代末の文久3年(1863年)。
願主は江戸音羽の高橋清五郎、工匠は大工棟梁の相模匠藤原直行。
彫物師は後藤豊次郎であることがわかっています。
2021年2月23日10多宝塔
さらに、奥の院を目指して進みましょう。

プロフィール

Oつがい

Author:Oつがい
ダイビングと、旅行が趣味の
Oつがいです。
ダイビングは、主に
伊豆で、潜っています。
カメラは、O夫が
Nikon P7100
Oつまが
SONY RX100Ⅱを
使っています。
山登りや、ツーリングも
大好き。
バイクはYAMAHA X FORCE
車はHONDA SHUTTLE HYBRIDで
あちこちに、出没。
家の近所から、世界の町まで
美味しいものを求めて
さすらっています。

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