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2020年松山・道後1/12-6- 

昼食の後は、道後の町を散策しつつ、石出寺を目指します。
2020年1月12日1石手寺
ここが、四国八十八箇所第51番札所、石手寺
寺伝によれば、聖武天皇の勅願で建てられたのが始まりとのこと。
2020年1月12日2石手寺
本堂までは、屋根付きの参道を進みます。
2020年1月12日3石手寺
参道の途中にあった、地蔵院
こちらは、伊予13佛霊場第5番札所だそう。
2020年1月12日4石手寺
地蔵院の本堂。
2020年1月12日5石手寺
お参りを済ませ、さらに参道を進むと、国宝の仁王門が現れます。
1318年の鎌倉時代建立で、運慶の作だそう。
2020年1月12日6石手寺
境内に入ると、大きなわらじが。
2020年1月12日7石手寺
本堂に向かって右手には、三重塔
重要文化財です。
2020年1月12日8石手寺
正面の本堂も、重要文化財。
2020年1月12日9石手寺
さて、ここから石手寺の摩訶不思議な世界が始まります。
本堂に向かって左側にあるのは、その名も元気石
2020年1月12日10石手寺
元気石の先にある、マントラ洞窟
お賽銭100円を払い、入洞。
2020年1月12日11石手寺
薄暗いマントラ洞窟を進み
2020年1月12日12石手寺
ぽっと外へ出ると、こんな場所でした。
2020年1月12日13石手寺
さらに、奥の院と書かれた案内が見えたので、行ってみます。
2020年1月12日14石手寺
緑の中を進み
2020年1月12日15石手寺
たどり着いた場所は・・・
ここが奥の院
2020年1月12日16石手寺
敷地内には、チェーンに繋がれた木像がたくさん。
2020年1月12日17石手寺
再び、石出寺の境内に戻り、本坊の前を通過すると
2020年1月12日18石手寺
清浄洞窟」と書かれた入口があります。
せっかくなので、100円を納め入洞。
2020年1月12日19石手寺
中は真っ暗で、螺旋階段のようになっていました。
一箇所だけ明るい場所があり、そこに仏像が一体。
頭の上に??マークを出しつつ、この場所に出て終了。
2020年1月12日20石手寺
なんとも不思議な、Oつがいの経験上でも類を見ない、石手寺でした。
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テーマ: 国内旅行

ジャンル: 旅行

タグ: 道後  石手寺  地蔵院  仁王門  三重塔  元気石  マントラ洞窟  奥の院  清浄洞窟 

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2019年金時山6/2-3- 

金時山の山頂は大混雑。
さすが、人気の山だけあります。
2019年6月2日金時山下山1
金時山といえば、伝説の金時娘がいらっしゃるはず。
名物のみそ汁を買いに行きがてら、ひと目拝みに、金時娘の茶屋へ。
2019年6月2日金時山下山2
左側にお座りになっている方が、金時山の生けるレジェンド、金時娘様です。

大粒なめこがたっぷり入った、名物のみそ汁をお供に、昼食タイム。
熱々で、味わいは優しく、一汗かいて冷えた体に、染み入ります。
2019年6月2日金時山下山3
温まったところで、下山開始。
2019年6月2日金時山下山4
午後になり、雲が増えてきました。
降られる前に下山したいので、少し急ぎましょう。
2019年6月2日金時山下山5
分岐点。ここは右側のルートへ。
2019年6月2日金時山下山6
目指すは、金時神社です。
2019年6月2日金時山下山7
突然目の前が開け、明神ヶ岳へと続くルートが見えました。
尾根歩きが好きなOつがい。次回はあのルートもいいなぁ。
2019年6月2日金時山下山8
一部、岩が崩れている場所もありますが、比較的歩きやすい登山道です。
2019年6月2日金時山下山9
結界の張られた、いかにも神秘的な大岩が現れました。
金時宿り石というそうです。
2019年6月2日金時山下山10
さらに下ると、てっぺんに祠が乗った岩が。
2019年6月2日金時山下山11
「なんだろう?」近くまで行けそうです。
2019年6月2日金時山下山12
金時神社の、奥の院でした。
順番が逆になってしまいましたが、先に奥の院でお参りをして
2019年6月2日金時山下山13
さらに山を下ります。
2019年6月2日金時山下山14
歌にもありますが、箱根といえばの、杉並木。
2019年6月2日金時山下山15
金時神社公時神社)に到着しました。
2019年6月2日金時山下山16
境内には土俵と
2019年6月2日金時山下山17
巨大なまさかりが。
どちらも、金太郎に関連しているものですね。
2019年6月2日金時山下山18
登山の無事を、金時神社にご報告。ありがとうございました。
2019年6月2日金時山下山19
さぁ、箱根湯本へ戻ります。

テーマ: 登山

ジャンル: スポーツ

タグ: 金時山  金時娘  金時娘の茶屋  明神ヶ岳  金時宿り石  金時神社  奥の院  箱根  金太郎  公時神社 

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2018年太宰府・宗像12/24-3- 

次に訪れたのは、宗像大社にもゆかりの深い、鎮国寺
鎮国寺HPにあった、鎮国寺略縁起によると

弘法大師(空海)は、第16次遣唐使船で入唐の砌(みぎり)、大暴風雨に遭遇されました。
この時危難を救わんが為、海の守護神宗像大神をはじめ諸仏菩薩に祈誓を込められたところ
波間に不動明王が示現されました。
右手に持たれる般若の利剣で波を左右に振り払われると、荒れ狂う風波は瞬く間に静まり
無事唐土に着くことが出来たのです。
首都長安(西安)において、青龍寺の恵果阿闍梨から真言の秘法を授かり
大同元年(806)に帰朝された弘法大師は、まず宗像大社に礼参されました。
その時、屏風山に瑞雲が棚引くのを観られ、奥の院岩窟において修法を始められたところ
「この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき霊地」とのお告げをこうむり
一宇を建立し、屏風山鎮国寺と号されました。

正面の大きな建物は護摩堂、右手の建物が本堂(五仏堂)です。
1650(慶安3)年、福岡藩2代藩主、黒田忠之により建立されました。
五仏というのは、宗像三社に織幡神社、許斐(このみ)権現を合わせた、
宗像五社の本地仏に比定されている、仏さまの木像のことです。
2018年12月24日1鎮国寺
まずは、五仏堂でお参りしましょう。
<大日如来>
宗像大社沖津宮の御祭神・田心姫神(たごりひめのかみ)の本地仏。
伝・弘法大師作。九州八十八ヶ所霊場結願札所本尊。
<釈迦如来>
宗像大社中津宮の御祭神・湍津姫神(たぎつひめのかみ)の本地仏。伝弘法大師作。
九州八十八ヶ所霊場結願札所本尊。
<薬師如来>
宗像大社辺津宮の御祭神・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)の本地仏。
伝・弘法大師作。
<阿弥陀如来>
許斐(このみ)権現の本地仏。定朝仏師が奉安されたと伝えられています。
<如意輪観世音菩薩>
織幡(おりはた)明神の本地仏。
伝教大師によって奉安されたと伝えられています。九州西国霊場三十一番札所本尊。
2018年12月24日2鎮国寺
本堂の向かいにあるのは、大師堂
2018年12月24日3鎮国寺
さて、宗像大社ゆかりの仏様にもお目にかかれたところで、
実はここからが本番。奥の院へ向かいます。
2018年12月24日4鎮国寺
ここからは、ずっと登りです。
ガイドさんによると、かなり急な階段が続き、途中で挫折する方も多いそう。
2018年12月24日5鎮国寺
奥の院に向かう途中にある、大きな石。
この石には近年、梵字が発見され、弘法大師空海が刻んだと言われています。
梵字の場所、わかりますか?
2018年12月24日6鎮国寺
奥の院に到着しました。
山の中腹、ひんやりとした空気に包まれています。
2018年12月24日7鎮国寺
右側の岩壁に張り付くように、奥の院が建っています。
建物は、そのまま岩窟に繋がっており、帰朝間もない弘法大師が
ここで修法をされたと伝えられています。
幟の奥、建物の壁には、結界を示す張り紙。
奥の院の内部にも、結界が張られていて、その先に入ってはいけません。
2018年12月24日8鎮国寺
皆さん、奥の院の外側だけ見学して、帰られてしまうそうですが
実は、内部も見学可能です。
ただ明かりがなく真っ暗なので、懐中電灯が必須。
また、絶対に結界を越えないでくださいね。
タグ: 宗像大社  鎮国寺  奥の院  大師堂  護摩堂  弘法大師  空海  五仏堂 

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勝坂遺跡-5- 

勝坂遺跡の見学を終え、いよいよ有鹿神社奥の院
目指します。
2015年11月28日勝坂遺跡45
坂を下りきると、鳥居がありました。
しかし、ここでないことは、管理棟で勉強済みです。
2015年11月28日勝坂遺跡46
では、一体どこに?
目の前に流れている小川が、ヒントになるはず。
2015年11月28日勝坂遺跡47
あたりは湿地になっていて、今だに水量が豊富なことをうかがわせます。
2015年11月28日勝坂遺跡48
奥の院は、一体どこにあるんでしょうか?
2015年11月28日勝坂遺跡49
今来た道を引き返し、湿地の奥にある、木道から探してみましょう。
2015年11月28日勝坂遺跡50
木道の入り口には、勝坂のホトケドジョウについての案内がありました。
2015年11月28日勝坂遺跡53
ここにホトケドジョウがいるのかな?
探してみましたが、見つかりません。
2015年11月28日勝坂遺跡55
そうそう、見つけたいのはホトケドジョウではなく、奥の院でした。
2015年11月28日勝坂遺跡54
木道から、小川の方を見返してみると・・・
ありました!
2015年11月28日勝坂遺跡51
ここが、有鹿神社奥の院です。
小さな小さな鳥居が、重なるようにいくつも建てられ、その奥から
チョロチョロと水が流れ出しています。
2015年11月28日勝坂遺跡52
はるか縄文時代から大切にされてきた、まさに聖なる泉。
お参りを済ませ、木道を通って駐車場に戻ります。
2015年11月28日勝坂遺跡56
横浜の田谷の洞窟→海老名の有鹿神社→相模原の勝坂遺跡(有鹿神社奥の院)と
丸1日かけて、神奈川県内を移動してきましたが、訪れた甲斐がありました。
まだまだ面白そうなところがありそうなので、また時間を見つけて、回ってみたいと思います。

テーマ: 史跡

ジャンル: 旅行

タグ: 有鹿神社  勝坂遺跡  奥の院  ホトケドジョウ  田谷の洞窟   

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勝坂遺跡-1- 

有鹿神社奥の院を探して、海老名から、相模原の勝坂遺跡に来ました。
2015年11月28日勝坂遺跡1
案内板を見て、奥の院の場所をチェック・・・
のはずが、遺跡の広さに、まずびっくり。
2015年11月28日勝坂遺跡2
立派な遺跡公園です。
まるで、森の中へ入って行くよう。
2015年11月28日勝坂遺跡3
分かれ道がありました。
奥の院は、おそらく右なのですが、せっかくここまで来たので
勝坂遺跡も見学することにし、左側へ。
2015年11月28日勝坂遺跡4
管理棟に出ました。
2015年11月28日勝坂遺跡5
中は、自由に見学できるようなので、入ってみます。
勝坂遺跡で発見された、土器が展示されていました。
勝坂式土器と呼ばれている、ということは、いわゆる指標土器ですね。
造形的にも豊かで、縄文時代中期の、中部・関東地方を代表する
縄文土器の一つだそうです。
2015年11月28日勝坂遺跡6
勝坂遺跡第1号竪穴住居の、復元模型。
2015年11月28日勝坂遺跡7
石斧や石鏃なども、出土しているんですね。
2015年11月28日勝坂遺跡8
そして、土器の破片。
こちらは、曽利式土器に分類されるようです。
2015年11月28日勝坂遺跡9
勝坂遺跡についての案内。
初めて調査されたのは、大正時代に遡るとか。
2015年11月28日勝坂遺跡10
有鹿神社奥の院についても、案内がありました。
おそらく古代から続く、お水もらいの神事は、是非一度、見てみたいです。
2015年11月28日勝坂遺跡11
管理棟の前の敷地では、敷石住居のレプリカや
2015年11月28日勝坂遺跡12
埋没谷と縄文集落群の跡を見ることができます。
2015年11月28日勝坂遺跡13
先ほどの案内板によれば、公園の周辺にも、興味深い史跡がありそうで
まず、そちらから見学することにしましょう。

テーマ: 史跡

ジャンル: 旅行

タグ: 海老名  有鹿神社  奥の院  勝坂遺跡  勝坂式土器  敷石住居  曽利式土器 

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