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2020年松山・道後1/12-8- 

伊佐爾波神社の長い階段を降り、次の目的地に移動中
寶厳寺」の文字が目に入りました。
予定にはなかったのですが、気になったので参拝していくことに。
2020年1月12日1寶厳寺
伊佐爾波神社に比べると穏やかな参道を進み、山門に到着。
2020年1月12日2寶厳寺
お寺の案内によると
元々は、法相宗のお寺でしたが、のちに天台宗になり
その後、正応5(1292)年にお寺を再建した時に、時宗に改められたそうです。
本堂は残念ながら、平成25年に火災で焼失。現在の本堂は、平成28年に再建したもの。
2020年1月12日3寶厳寺
境内には、一遍上人堂があります。
踊り念仏で有名な、時宗の開祖一遍上人は、延応元年(1239年)河野通広の第二子として
この寺の一角で誕生したという説があり、ここ宝厳寺は「一遍上人の誕生地」として
愛媛県指定史跡となっています。
ちなみに、時宗の寺として再興したのは、一遍の弟にあたる仙阿だそうです。
2020年1月12日4寶厳寺
何気なく立ち寄った寶厳寺ですが、とてもいいお寺だったので
つい長居をしてしまいました。
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タグ: 寶厳寺  伊佐爾波神社  一遍上人  時宗  踊り念仏 

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2020年松山・道後1/12-7- 

摩訶不思議な石出寺から、道後の町に戻る途中、伊佐爾波神社に寄りました。
2020年1月12日1伊佐爾波神社
「延喜式」式内社である伊佐爾波神社は、この長い階段の先にあります。
創建当初の鎮座地は「伊佐爾波岡(いさにわのおか)」と呼ばれていた場所であり
現在の湯築城跡と言われています。
2020年1月12日2伊佐爾波神社
階段を登りきると、正面に朱色の本殿が現れます。
松山藩松平第3代藩主の定長が、時の4代将軍、徳川家綱に命じられた流鏑馬に
成功したのを機に、寛文7年(1667)に建立したもので、日本に3つしかない
(大分県の宇佐八幡宮、京都の石清水八幡宮と並ぶ)八幡造りだそうで、国の重要文化財です。
主祭神は

・譽田別尊(ほんだわけのみこと):応神天皇
・足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと):仲哀天皇
・氣長足姫尊(おきながたらしひめのみこと):神功皇后
・三柱姫大神:宗像三女神(イチキシマヒメ・ダギツヒメ・タギリヒメ)に同じ

配神

・東照大神(東照大権現):徳川家康


2020年1月12日3伊佐爾波神社
振り返ると、遠くに松山城を望めます。
2020年1月12日4伊佐爾波神社
「伊佐爾波」とは、清浄な儀式の庭の意、あるいは、
いざなひ(誘われて)からくる名とも言われ、万葉歌人である山部赤人も
「伊予の高嶺の伊佐庭の 岡に立たして歌思ひ」
と、古来から行幸の地として知られる、この場所を歌っています。
『伊予国風土記(逸文)』には、聖徳太子をはじめとして
計5回の行幸があったと記されているそうです。

この後も、神社やお寺を参拝しながら、道後へと戻ります。

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タグ: 伊佐爾波神社  石出寺  道後  松山城 

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