fc2ブログ

タグ:「仁王門」

2023年琴平・高松1/9-9-

2023.08.29(Tue) | EDIT

屋嶋城からは、タクシーを降りた場所へ戻るのに
屋島寺の境内を通った方が早そうです。
この仁王門から、境内へ。
因みに、お遍路さんの正規ルートは、こちらの門からだそうです。
2023年1月9日1屋島寺・仁王門
仁王門から少し進むと、四天門が現れます。
増長天・持国天、多聞天・広目天の四天王像(東大寺型)が安置されているのが
名の由来だそうですが、知らなかったので、見学せずそのまま通過してしまいました。
2023年1月9日2屋島寺・四天門
屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられ
のち和上の弟子で、東大寺戒壇院の恵雲律師が、堂塔を建立して精舎を構え
屋島寺」と称し初代住職になりました。
また弘仁6年(815)、弘法大師は嵯峨天皇(在位809〜23)の勅願を受けて屋島寺を訪ね
北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、また十一面千手観音像を彫造し
本尊として安置したそうです。
鎌倉様式を忠実に再建した、重要文化財の本堂。
2023年1月9日3屋島寺・本堂
参拝の後、境内を散策。
赤い鳥居が並ぶ、蓑山明神
日本三大狸と称される、屋島太三郎狸が祀られています。
言い伝えによると
「鑑真が日本に渡り、奈良へ赴く途中のこと。
瀬戸内海を船で移動していると、山頂に光り輝くものの気配を感じ
すぐにその地を訪ねることにした。
そこで盲目の名僧を山頂まで案内したのが、太三郎狸であったとされる。」
2023年1月9日4屋島寺・蓑山明神
弘法大師を祀っている、大師堂
2023年1月9日5屋島寺・大師堂
屋島寺の鐘楼・・・
なのに、鐘が外されています。
2023年1月9日6屋島寺・鐘楼
鑑真和上が祀られている、三躰堂
2023年1月9日7屋島寺・三躰堂
千躰堂には、千躰の観音様が祀られているそうです。
2023年1月9日8屋島寺・千躰堂
東大門。
駐車場から近いので、観光客にとっては、ここが入口にあたる感じです。
2023年1月9日9屋島寺・東大門
駐車場に戻ったものの、さて、ここからどうやって山を下るか・・・
スポンサーサイト



2021年大洗・ひたちなか・東海村9/19-4-

2022.05.11(Wed) | EDIT

大洗からひたちなかへ、そして本日の最後の目的地
東海村に到着。
Oつがいの目的の場所は、もう少し先にありますが
せっかくなので、松村山虚空蔵堂の境内を散策します。

縁起によると松村山虚空蔵堂は、弘法大師空海によって開かれ
当地を治めていた佐竹氏、さらに徳川家康や徳川光圀の庇護のもと
日本三体虚空蔵尊のひとつとして、繁栄してきました。

昭和四十五年(1970)に再建された仁王門
ギラリと睨みを効かせる仁王尊像には「正和四年(1315)謹刻」
「文禄三年(1594)塗りかへ」と記されているそうです。
2021年9月19日1村松山虚空蔵堂
鐘楼堂
お堂は昭和五十五年(1980)に完成、鐘は昭和五十二年(1977)に
京都でつくられたそう。
正面の本堂(大摩尼殿)は、大正六年(1917)に完成。
正面奥に宮殿があり、御前立本尊が安置され
両側には不動明王、毘沙門天王があるそうです。
2021年9月19日2松村山虚空蔵堂
大摩尼殿の裏手には、空海自らの手により作られたとされる
本尊大満虚空蔵菩薩が安置されている、奥之院(多宝塔)があります。
2021年9月19日3松村山虚空蔵堂
多宝塔の横には、明治三十三年(1900)の大火で焼けた後、再興百年記念事業として
平成十年(1998)に再建された三重之塔があります。
高さが21メートルで、大日如来が安置されています。
2021年9月19日4村松山虚空蔵堂
境内を一通り回ったのち、裏手にある村松海岸へ。
2021年9月19日5村松海岸
村松海岸に到着。
2021年9月19日6村松海岸
まさか神社の裏手に、これほど広大な砂浜があるとは。
2021年9月19日7村松海岸
奥に見える白い建物は、東海村の原子力発電所です。
2021年9月19日8村松海岸
海に出るまで歩いてみたかったのですが、まだまだ先のようなので、ここで引き返します。
2021年9月19日9村松海岸
村松海岸からの帰路は、松村山虚空蔵堂の境内ではなく
お隣にある、茨城一の宮大神宮を通らせていただきました。
こちらも、西暦700年代創建と伝えられる、由緒あるお社です。
石製の二の鳥居をくぐり、境内へ。
2021年9月19日10茨城一の宮大神宮
境内にあった、義公お腰掛けの石(義公とは、徳川光圀の諡号らしいです)。
徳川光圀による神殿増築以来、毎年正月十五日の春季大祭には
歴代水戸藩主の参拝を例としたそうです。
2021年9月19日11茨城一の宮大神宮
拝殿に到着。
間口六間・奥行四間で、火災のため焼失し、明治三十四年に建てられた「入母屋造」。
もちろん、お参りもさせていただきます。
2021年9月19日12茨城一の宮大神宮
さてそろそろ、本日のお宿へ向かいましょう。

2021年大雄山・最乗寺2/23-5-

2021.08.19(Thu) | EDIT

なんとか奥の院まで踏破した後、お守りも購入して、バス停まで戻ってきました。
あまり時間がありませんが
「大雄山に来たら、天狗葉扇煎餅をお忘れなく」と、知人から聞いていたので
大急ぎで、十八丁目売店へ。
1十八丁目売店
ピーナツ味と味噌味があり、試食させていただくと、いずれも美味しい。
迷うOつがいに、店員さんが気を利かせて、セットのものを勧めてくださいました。
2天狗葉煎餅
すでにバスは到着済み。急いで乗車します。
3道了尊バス停帰り
道了尊を出発し、仁王門の前を通過。
ここも見学したかったので、次回の楽しみに取っておきましょう。
4仁王門
大雄山駅に戻りました。
今度は駅前の「茶屋天んぐ」さんへ。
5茶屋天んぐ
これも知人のオススメ、道了餅下駄饅頭を購入。
6茶屋天んぐ
お土産を片手に、ふたたび大雄山線に乗り、次なる目的地へ向かいます。

2020年上田11/22-12-

2021.04.03(Sat) | EDIT

信濃国分寺跡史跡公園から、バスで上田に戻ります。
2020年11月22日1千曲バス
バスの待合所にあった、信濃国分寺跡史跡公園の案内図。
これが一番わかりやすい(笑)
2020年11月22日2千曲バス
バス停の正面には、仁王門
ここをくぐって坂道を登れば、先ほどお参りした現・国分寺に至ります。
2020年11月22日3千曲バス
仁王門を眺めていると、上田行きの千曲バスが到着。
2020年11月22日4千曲バス
思っていたより空いていて、ありがたくも上田まで座って帰れました。
2020年11月22日5千曲バス
上田駅前でバスを降り、今夜のお宿、HOTEL ROUTE INN Grand UEDA EKIMAEに到着。
2020年11月22日6ルートイン
綺麗な廊下を通って
2020年11月22日7ルートイン
本日のお部屋へ。
2020年11月22日8ルートイン
ゆったりしたソファや
2020年11月22日9ルートイン
テレビも置かれ、広さも十分です。
2020年11月22日10ルートイン
清潔なトイレとバスタブ。
2020年11月22日11ルートイン
シャンプー、リンス、コンディショナーも
個別に備えられています。
2020年11月22日13ルートイン
洗面台のアメニティ。
2020年11月22日12ルートイン
ホテルで少し休んだら、予約してあるお店で夕食です。

2020年上田11/22-10-

2021.03.28(Sun) | EDIT

信濃国分寺駅までくれば、信濃国分寺までの案内が見えてきます。
2020年11月22日1信濃国分寺
奈良時代の国家的プロジェクト、信濃国分寺は、この地に建てられました。
7回にわたる発掘調査により、並び建てられた僧寺・尼寺の伽藍の全容が
ほぼ解明されたそうです。
現在は、しなの鉄道の線路や、国道18号が敷地の中を通っているんですね。
2020年11月22日2信濃国分寺
現在も発掘調査中のため、このエリアは立ち入り禁止。
2020年11月22日3信濃国分寺
いっぽう現在の国分寺は、源頼朝の命で復興したと言われ、ほど近い場所へ移転しています。
こちらが、仁王門
脇からも本堂へ行けますが、せっかくなので仁王門を通っていきましょう。
2020年11月22日4信濃国分寺
仁王門から本堂までの道。
住宅地の中を歩きます。
2020年11月22日5信濃国分寺
左側に白壁が現れました。
白壁の中には、阿弥陀仏殿と社務所があります。
2020年11月22日6信濃国分寺
こちらは一般公開されていません。
2020年11月22日7信濃国分寺
本堂が見えてきました。
2020年11月22日8信濃国分寺
まずは手水舎へ。
2020年11月22日9信濃国分寺
本堂を右にそれると
2020年11月22日10信濃国分寺
三重塔(重要文化財)が建っています。
室町中期の建立で、高さ20.1メートル。
初層内部は四天柱を立て、大日如来坐像が安置されています。
心柱は、塔の中心に吊り下げられたような形になっていて
東京スカイツリーと同じ仕組みとのこと。
2020年11月22日11信濃国分寺
昭和7年〜8年にかけて、解体修理が行われた時に取り替えられた、三重塔の古心柱
2020年11月22日12信濃国分寺
解体時の様子。
2020年11月22日13信濃国分寺
鐘樓。
上田藩主、松平伊賀守の後見により享和元年(1801年)棟上
(梵鐘は昭和27年の再鋳)。
2020年11月22日14信濃国分寺
そしてこちらが、本堂薬師堂(長野県宝)。
江戸末期の万延元年(1860年)竣工。
内部は、前側の外陣(参詣の空間)と、奥の内陣(仏の空間)にわかれ
本尊の薬師如来のほか、日光菩薩、月光菩薩及び、十二神将が安置されていて
近世の堂としては、東信地方最大の建造物だそうです。
2020年11月22日15信濃国分寺
大黒天堂。
輪王寺一品親王作と伝える尊像をまつり、大正13年再建。
2020年11月22日16信濃国分寺
第二次上田合戦時の、徳川秀忠(の家臣)と真田昌幸による停戦交渉の場が
ここ国分寺だと言われています。
正確な記録はないそうですが、「国分寺の会見」としてよく知られており
参拝者からも度々質問されるので、観音堂の前に、この碑が建てられたそうです。
2020年11月22日18信濃国分寺
もう少し時間があるので、信濃国分寺資料館へ行ってみましょう。

プロフィール

Oつがい

Author:Oつがい
ダイビングと、旅行が趣味の
Oつがいです。
ダイビングは、主に
伊豆で、潜っています。
カメラは、O夫が
Nikon P7100
Oつまが
SONY RX100Ⅱを
使っています。
山登りや、ツーリングも
大好き。
バイクはYAMAHA X FORCE
車はHONDA SHUTTLE HYBRIDで
あちこちに、出没。
家の近所から、世界の町まで
美味しいものを求めて
さすらっています。

最新トラックバック

月別アーカイブ

国盗りカウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR