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タグ:「三門」

2023年鎌倉アルプス5/3-1-

2024.02.16(Fri) | EDIT

この日は、鎌倉アルプスを歩いてきました。

横須賀線に乗り
2023年5月3日1建長寺
北鎌倉で下車。
2023年5月3日2建長寺
駅から移動し、まずは建長寺へ。
何故かと言うと、建長寺の敷地内を通って、鎌倉アルプスに入るのが
一般的なルートらしいのです。
ほかにもあるようですが、初めてなので、一番わかりやすいルートを選びました。
2023年5月3日3建長寺
今回は、敷地内を通過するだけですが、総門の先で拝観料を支払います。
拝観料は大人500円。
2023年5月3日4建長寺・総門
2023年5月3日5建長寺・総門
国重要文化財の三門
本当なら、ゆっくり見学したいところですが、今回は素通り。
2023年5月3日6建長寺・三門
2023年5月3日7建長寺・三門
国重要文化財の仏殿前を通過し
2023年5月3日8建長寺・仏殿2023年5月3日9建長寺・仏殿
これまた国重要文化財の、唐門の脇を通り
2023年5月3日10建長寺・唐門
2023年5月3日11建長寺・唐門
更に奥へと進みます。
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2021年山梨・甲府近郊7/22-6- 

2021.11.23(Tue) | EDIT

大善寺から、武田家の菩提寺である、恵林寺にきました。
1330年の創建以来、東国における臨済禅の中心であり
その死を3年秘した後の1376年、信玄の葬儀がここで盛大に営まれました。

総門(黒門)から入り
2021年7月22日1恵林寺
趣のある参道を少し歩くと
2021年7月22日2恵林寺
目の前に、4つの脚のある朱色の門が現れます。
重要文化財の四脚門(赤門)です。
徳川家康の再建と伝えられていて、恵林寺の山号である「乾徳山」の額を門の上に掲げています。
2021年7月22日3恵林寺
四脚門から、綺麗に手入れをされた庭園のような参道を進むと
2021年7月22日4恵林寺
山梨県指定文化財の、三門に出ます。
武田氏滅亡後、反織田派の一族をかくまったとの理由で、恵林寺は焼き討ちに遭います。
100名以上の僧が三門に集められ、火を放たれた時、快川紹喜(かいせんしょうき)和尚が残した遺偈が
「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」
偈は、門の左右に白地で掲げられています。
恥ずかしながら、ここが発祥だとは知りませんでした。
2021年7月22日5恵林寺
三門の先にあるのが、甲州市指定文化財の開山堂
夢窓疎石(むそうそせき。恵林寺開祖)、快川紹喜、
末宗瑞曷(まっしゅうずいかつ。焼き討ちの際に脱出、のちに徳川家康の命で再建に尽力)の
三像が堂内に安置されています。
2021年7月22日6恵林寺
こちらは昭和四十八年(1973)建立、仏舎利宝塔(納骨堂)。
2021年7月22日7恵林寺
開山堂から左手に進むと
2021年7月22日8恵林寺
明王殿があります。
内部に安置されている武田不動尊坐像は、信玄が自らの姿を模して作らせたと言われていましたが
今年になって、内部の墨書から、像が信玄他界の前年に制作されたことがわかったそうです。
2021年7月22日9恵林寺
開山堂の右側へ進むと、信玄公宝物館に出ます。
信玄ゆかりの宝物が多く展示されており、見学したかったのですが
時間の都合で、残念ながら先へ進みます。
2021年7月22日10恵林寺
この門をくぐると
2021年7月22日11恵林寺
一角には、昭和25年甲府市で行われた、第一回全国植樹祭にて
昭和天皇がお手植の、桧があったり
2021年7月22日12恵林寺
庫裡の巨大な鬼瓦が、展示されています。
2021年7月22日13恵林寺
その巨大な鬼瓦を持つ庫裡が、こちら。
これだけ大きな庫裡は、禅寺では珍しいそうです。
焼き討ちの後、徳川家康によって再建されましたが
明治38年の火災で、そのほとんどを焼失。
現在の本堂や庫裏も、明治末期に再建されたものだそうです。
2021年7月22日14恵林寺
それではいよいよ本堂内へ。
2021年7月22日15恵林寺
順路に沿って進みます。
2021年7月22日16恵林寺
奥に見えているのが、先ほどの明王殿
2021年7月22日17恵林寺
明王殿へと続く、鶯張りの廊下。
撮影できるのは、ここまで。
明王殿の奥に、武田信玄公墓所があります。
聖域として祀られているため、普段は公開されていませんが
毎月12日のみ特別公開されるようです。
また明王殿の脇には、柳沢吉保公墓所があります。
徳川綱吉時代の筆頭老中として名高い、柳沢吉保ですが
その功績により、わずか20年ながら、祖先の地である甲斐を治めたため
恵林寺が現在の墓所となっているそうです。
2021年7月22日18恵林寺
本堂の裏手には、国指定名勝の恵林寺庭園があります。
創建当時に、夢窓疎石が作庭したと伝えられており、案内によると
「大自然そのままの姿を庭園に再現し、そこに森羅万象の姿を見ようとすることを禅観一味という。
すなわち「無為自然」という境地を、国師は築庭によって表現したといわれる。
静けさの中にも確実に動きを感じさせるその姿は、現代においてもなお、禅の風をおこし、
そこに立ちみる者を深くいざなう」
2021年7月22日19恵林寺
本堂に飾られている、仏涅槃図。
江戸時代中期の駿河台・狩野派二代目洞春福信が描いたもので
時期は不詳ながら、柳沢家からの奉納とされています。
2021年7月22日20恵林寺
出入口に展示されている、庫裏の釜と風林火山の文字。
2021年7月22日21恵林寺
駆け足の見学になってしまいました。
次回はもっとゆっくりしたスケジュールで、恵林寺を再訪しようと思います。

2021年大雄山・最乗寺2/23-2-

2021.08.12(Thu) | EDIT

終点の道了尊は、バスがUターンできる広さがあり
両サイドには、数軒のお土産店が並んでいます。
2021年2月23日1十八丁目
ここから大雄山・最乗寺までは、徒歩で移動。
正面に見える、大きな石灯籠を抜け
2021年2月23日2石灯籠
橋を渡り
2021年2月23日3橋
大きな杉が鬱蒼と茂る中を、歩いていくと
2021年2月23日4杉並木
正面に立派な三門が現れます。
2021年2月23日5三門
さらに杉並木を進むと
2021年2月23日6杉並木
左手に不思議な場所が見えてきました。
2021年2月23日7御開山坐禅石
ここは、御開山坐禅石
案内によると
明徳年間(1390年)、了庵彗明禅師が曽我の竺土庵に閑居の時
一羽の鷲が禅師の袈裟をつかんで飛び去り、当山中の大松の梢に掛けた。
禅師は袈裟を探して山中に入り、ついにこれを発見し、大松の近くの坐禅石上に端坐すると
袈裟は梢から離れて、禅師の肩にかかった。
この竒端により、この地を佛法興隆の処と定めて、大雄山の開山を発願したものである。
2021年2月23日8御開山坐禅石
御開山坐禅石に手を合わせ、本堂を目指してさらに進みます。

プロフィール

Oつがい

Author:Oつがい
ダイビングと、旅行が趣味の
Oつがいです。
ダイビングは、主に
伊豆で、潜っています。
カメラは、O夫が
Nikon P7100
Oつまが
SONY RX100Ⅱを
使っています。
山登りや、ツーリングも
大好き。
バイクはYAMAHA X FORCE
車はHONDA SHUTTLE HYBRIDで
あちこちに、出没。
家の近所から、世界の町まで
美味しいものを求めて
さすらっています。

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